読むたびに、目から鱗が、肩から重荷が、落ちていく。そんな感想を長年もらい続けてきたブログ「あぴママびより」の管理人です。もし音声がおもしろいなぁと思われた方は、ブログにも遊びに来てね。毎日漫画描いてます。
2026年10月1日 · 17:44
いろんなことを両立しながら、新しいことを始める。たぶんそうじゃない。臆病な夫が新しい挑戦をしている様子を見ながら、考えたことを話しました。 放送内で言及した関連放送。 女の自分には肝心なことが何もできないと思ってた私を変えたある言葉。
2026年9月29日 · 28:50
「中学生息子が毎日自販機やコンビニでおやつを買って散在しています。ある月には『今月1万5千円つかったわ~!』とあっけらかんとしており、気が気でありません。あぴママ、どうすればいい?」 子どもが使う1万5千円に気が気でない感覚は、わたしも持っていますから、答えられる相談だと思いました。しかし我が子がここでは言えないほどの額を月に散在しています。わたしがそれに…
2026年9月10日 · 24:19
リスナーのあんずさんのコメント「自分の絵、言葉、料理。すべてが人からのジャッジメントの対象になるのが怖くて、自由にのびのび表現できない。」に答えた回。 どうして怖いのか。そこから入っていき、じゃあ、怖くなるためにはどう考えればよいのか、ということを話してみた回です。知性という枠組みの一段上にある本当の知性で防御を図ろうという考え方。これがあぴママの、あたら…
2026年9月8日 · 20:01
「家に子どもの友達がくるのがちょっと嫌。」そんなお悩みがきたことがきっかけとなりました、今日のお話です。子どもたちを、受け入れ続けたその先にあったもの。 放送の中でご紹介したお話。 母ちゃんが息子に教えるあたらしい性的同意。
2026年9月3日 · 20:43
「いやだ。」これこそが人生の起点だ。人は自分の中の「いやだ」という感情から思考を開始する。なんで自分は「いや」なんだろう。それなら自分が「いや」でないのはどんなものだろう。だから「いや」はとても大事だ。 だけど「いやです。」とはっきりそのまま言ってしまうのは、不器用な生き方だ。不器用に生きると自分が追いつめられる。次に「いやだ」と言えなくなる。「いやです。…
2026年8月5日 · 22:14
会社に従うことと、自分の命を守ること。どっちも大切だ。 イオンモール熊本の事件を受けて、わたしが娘に話したことをそのままここでも話した。わたしはハビタを叩けない。被害者を心から悼みながらも「もし娘が被害者だったら自分はこう対応するだろうな」と思ったこと、その両方がわたしにとっては地続きだ。 お話の中で紹介したもののリンク 拙著 「母を生きのびる本」…
2026年7月26日 · 28:28
久しぶりに全体公開でお話ししました。自分的、記念日回です。個人的にお祝いするような気持ちで話しました。タイトルは「道路って誰のもの?思考の転換点の見つけ方。」です。 前提が強固な人は、前提から逃れられない。逃れられないまま、その前提の上で正しさを積み上げていく。だから誰かを叱れたり、怒鳴れたりする。…
2026年7月1日 · 18:28
子育てで「干渉しすぎかも」と感じたこと、だれでも一度はあるかもしれない。何を隠そう、わたしは過干渉で過保護な母親です。それを認めた上で、なぜ不安じゃないのか。 「親の干渉が子供の軸を奪う」という前提、そこに隠れている構造を言語化してみたら、ちょっと見え方が変わるみたい。子供の自分軸を、できるだけ早くに確立しておくということの重要性。思いつくまま話してます。…
2026年6月23日 · 22:55
旅して癒されて、日常に戻る。また疲れる。疲れてマッサージにいって癒されて、日常に戻る。また疲れる。ぐるぐるぐるぐる同じとこ回ってる。それが「癒しのDeathサイクル」。 以前のわたしは鍼の先生とアーユルヴェーダのマッサージ師さんに頼りながら、なんとか癒しのDeathサイクルを回してた。非常に都会的なありかたですよね。わたしのヘイトする、都会的生き方です。…
2026年6月16日 · 30:54
「ゆるく育てると常識知らずになる」——その怖さ、間違ってはいない。でも、そこには一つ混同がある。 子どもの意思を尊重することと、マナーや社会のルールを教えることは、全く別の軸の話だ。ゆるい育児をしながら、それでも「ここだけは叩き込む」という判断が生まれる瞬間がある。…
2026年6月8日 · 30:49
虐待、毒親、トラウマ——「向き合うしかない」と思っていないか。 吉本ばななさんのnoteが各所で話題になった。素晴らしい文学だと思った。ただ読みながら、ずっとひっかかっていたことがある。誰かの世界観を受け取ることで、苦しみはむしろ延命されるんじゃないか、という問い。…
2026年6月3日 · 24:19
「子どもを愛せている自信がありません。わたしは冷たい人間なのでしょうか」 子どもを愛せている自信がない。子育てがつらい。自分は冷たい母親なのかもしれない。そう感じて、誰にも言えずにいる方からの相談に答えた回です。 世の中は「母親なら無条件に愛せて当然」という前提で回っている。でも、本当にそうでしょうか。疑問を感じます。わたし自身、母から愛されなかった来歴を…
2026年5月26日 · 19:24
何をやっても三日坊主、続けられない自分を変えたい——そんな人へ。英語も中国語もギターも、ただ続けることだけでものにしてきたわたしが、はじめて「継続のコツ」を言葉にしました。新しい習慣を始めるとき、わたしがいちばん時間をかけているのは、意外なことです。三日で終わっていたものが七日続くようになると、その先で見える景色が変わります。子育ても人生も、考え方が一個ず…
2026年5月11日 · 32:36
自分以外を信じることにすると、途端に心配や不安に心が覆いつくされてしまう。それは、自分以外のものが存在として不確実かつ不確定だからではないだろうか。だからこそ、個人はどう生きたら心配や不安から自由になれるのだろうか。こんなことを、非常に実践的で泥くさいいつもの話しぶりで話しております。たくさんの素朴な例を用意してますから、誰でも聞ける簡単な話です。…
2026年5月2日 · 18:45
超正常刺激社会を理解する。だんだん、世の中が極楽のように思えてくる。そして同時に、ディストピアのようにも見えてくる。その状態ではじめて、「じゃあ、この特異な場所でわたしはどのようにわたしを追求して生きていくんだろう」、そのような基本的立ち位置に戻ることができる。そんな話。 番組内で紹介したあぴママガジン第2号はこちら。…