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身体の教養ラヂオ

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人間不信になりそう|人を見抜くことは「不可能」なの? #37

身体の教養ラヂオ · 2026年5月24日 · 17:16

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いろんなことが重なって、人間不信になってしまいそう。「やっぱりクズだった」を繰り返してしまう人、人を見抜こうとして疲れている。

そもそも、人を見抜くということが原理的に難しいのではないか、という話をしました。

癖と野生のあいだで、身体に何が起きているのか。質問回答エピソード前編です。


ソマティックスタジオサポーターからいただいたDM質問への回答です。


最初の印象では良くない感じがした人。

話してみたら心地よかった。

でも、会話の中の言葉から「この人はクズみたいな人だ」という感じが立ち上がる。

それでも信じて関係を進めてみたら、やっぱりクズだった。

そういうことが、最近続いている。

ラベルは必要なのか。感覚だけではダメなのか。


そんな悩みを起点に、「見抜くこと自体が原理的に難しい」という入口から、野生・理性・癖の三層整理、そして「身体の反応は、ただ起きている事実」というところまで話しました。


「あの人がクズかどうかは、本当のところはわからない」──この一言が、たぶん前編の核心です。


続きの後編では、「信頼は結果と関係がない」「現象学のエポケー」「キリストと身体合理性の極限」まで踏み込みます。


ブログ記事「信頼するから、関わり続ける」と合わせてどうぞ。


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大沼鍼灸 宛


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エピソード: 身体の教養ラヂオ

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