REAM アクションと立回り · 2026年7月3日 · 11:22
構造的誤認
ジャッキーのアプローチの本質(リーのカウンターとしての自覚的なデフレ)を、後世のクリエイターたちが都合よく、かつ致命的に誤認した。
ジャッキーの成功を表面だけなぞった後人たち、すなわちノン・スター級のスタントマンや、スタントマン出身のアクション監督たちは、以下のような安直な思考の罠に陥った。
「手数を増やし、スタントを過激にすればするほど、映像はもっと凄くなるはずだ」
この哲学なき加速主義は、表現のパラメーターを「表現のデフレ」の臨界点へと一気に振り切らせた。彼らは、ただスタントを過激・過剰化させ、ただ高速に、振付コード(コンビネーション)を消化するだけの、機械的な運動の奴隷へと肉体を貶めていったのである。
これこそが、現代の映像界を寡占するデジタル・ワイヤー・アクション(手数ダンス)の正体であり、「スタント技術のインフレ」が裏返して引き起こした「アクションの自滅への道」に他ならない。
そんな話をしています。