珈琲 , Jazz & 巡礼と… · 2026年10月5日 · 13:58
※このコンテンツは jazzywada が執筆したメルマガ記事をもとに NotebookLM で処理出力したものを編集しました。
※AI音声特有の誤読等がたくさんありますがご容赦ください。
元ネタ https://jazzywada.blog.jp/archives/1085541886.html
2002年10月発行のメールマガジン「ふりーはーと」第67号の内容を中心に、筆者の身辺雑記や趣味の世界を記録したものです。主な記述は、ブルーノート・レーベルのCD収集やオーディオ機器の更新といったジャズ愛好家としての活動に割かれており、当時のリマスター盤事情が詳細に綴られています。あわせて、庭の金木犀や禁煙の継続、浮世絵の研究、アルコール度数96度の強い酒にまつわる逸話など、多岐にわたる日常の断片がユーモラスな文体で紹介されています。全体として、特定の時代における個人の深い教養とこだわりが反映された、私的な備忘録としての性格を持っています。さらに、これらのテキストが後年になって音声コンテンツやブログとして再編され、発信されている背景もうかがい知ることができます。
2002年の個人ブログから発掘!CDコレクターを熱狂させた「南米大河」の謎と、今こそ面白い5つの発見はじめに:20年前のインターネットというタイムカプセル
2000年代初頭のインターネットは、まさにタイムカプセルのような場所です。そこには、今では忘れられてしまった視点や習慣、そして熱意が詰まっています。今回ご紹介するのは、そんなタイムカプセルから見つかった一つの記録。2002年10月6日に発行された個人のメールマガジンです。
一人の情熱的な趣味人の世界を覗いてみると、そこには驚くほど今日にも通じる悩みや喜び、そして思わず笑ってしまうようなユーモアがありました。彼のこだわり抜いた趣味への探求は、もしかしたら、当時の社会が抱えていたある種の「閉塞感」に対する、彼なりの抵抗だったのかもしれません。20年以上前の文章が、今だからこそ教えてくれることとは何でしょうか。
アナログレコードと違い、CDはどれも同じで収集の対象にはならない——。2002年当時、そんな風に考えていた人も少なくありませんでした。しかし、このメールマガジンの筆者は、ジャズの名門レーベル「ブルーノート」のCDを集め始めて、その考えを覆されます。
これがなかなか,そうではございません(桂文楽調に読んでネ)
筆者が夢中になったのは、伝説的な録音エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーが自らリマスターを手がけた「RVGリマスター版」。この盤は、従来のCDとは一線を画す「すごい音」がしたのです。
しかし、コレクターの道は平坦ではありません。当時、日本の東芝EMIから出ていた国内盤は、価値を付けるためか高価な紙ジャケット仕様。これが物理メディア時代のコレクターの悩みを的確に描写しています。「CDケースを立てて並べるとこの紙ジャケット,上に飛び出して邪魔になることおびただしい。」と、その苛立ちを隠しません。さらに付属の日本語解説も「あっても邪魔なだけで老眼の目には辛いだけである。」とバッサリ。
そこで光が差したのが、安価で音も良い米国輸入盤でした。もっとも、こちらにも「CDケースの上部が粘着テープで貼り付けてありこれを剥がすのに難儀はするが」という悩みはありましたが、最高の音質を求める旅は、国境を越えるものだったのです。
では、その音の良い輸入盤をどこで見つけたのか。筆者は、あるウェブサイトの名前をユーモラスに記しています。
「南米大河(乳なし)ドットコム」
現代の私たちならすぐにピンとくるでしょう。これは、巨大通販サイト「Amazon.com」のことです。この playful で少し怪しげなニックネームは、当時の人々がグローバルな電子商取引というフロンティアを、驚きと、まだ完全には信頼しきれていない視線で見ていたことを完璧に物語っています。
筆者は、街のCD店で国内盤を1800円で買ったその夜、ネットで同じタイトルの「RVGリマスター版」が1390円で売られているのを発見し、「歯噛みをする」と悔しさを滲ませます。最高のものを安く手に入れたいというこの感覚、今も昔も変わりませんね。
話はCD収集から少し逸れて、筆者の個人的な逸話へ。より強い酒を求め続けた筆者は、ついにアルコール度数96度というポーランド製のウォッカを手に入れます。おそらく「スピリタス」でしょう。その瓶のラベルには、こんな警告が書かれていました。
「アルコール度数が高いため,火気に注意してください。」
ここからが本題です。このウォッカを購入した酒類ディスカウントショップ「Hピア」が、その直後に火事を起こしたというのです。筆者はこう書き添えています。
「(本当です)」
まるで出来すぎたコントのようですが、本当に起きた出来事。忘れがたい強烈なエピソードとして、20年の時を超えて私たちの笑いを誘います。
筆者の音への探求はオーディオにも及びます。これは、30年近く愛用してきたアルテック社のスピーカーとの、少しほろ苦い別れの物語です。
長年の使用で、低音用ユニットの縁(エッジ)が物理的にぼろぼろに劣化していることが判明しました。筆者自身は「音の変化はまったく判らない」というものの、その痛々しい見た目に抗えず、交換を決意します。
新たに迎えたのは、長年「憧れのジムラン(JBL)」だったスピーカー。長年連れ添った愛機を手放す寂しさと、憧れの製品を手に入れた喜び。しかしこの話には、趣味人なら誰もが共感するであろう、感動的な後日談がありました。彼は古いスピーカーについて、こう書き残しています。「とはいいながら捨てるには忍びないので置いてあるが,使わないとただ邪魔になるだけだから,そのうち配線だけはしておこうと思っている」。
機材をただの物としてではなく、人生の一部として捉える彼の愛情が、この一文に凝縮されています。
数々の趣味や日常が語られた後、筆者は自問します。「今,なぜ50年前のブルーノート(ジャズ)か?」。彼はまず「ヒップでバップでファンキーでグルービィだから?」と冗談めかして問いかけ、その後に続く彼の答えこそ、このメールマガジンの核心であり、今を生きる私たちにも深く響くものです。
この「から莫迦な」と云うか脳天気な陽気さが今の閉塞感から救ってくれる。頬が少しゆるむ。ちょっとだけど,元気を貰えるような気になれる。聴くと少おし体が揺れる(スウィングする)。
2002年の筆者にとって、50年前のジャズは単なる懐古的な趣味ではありませんでした。それは、当時の「閉塞感」を打ち破るための一種の処方箋だったのです。理屈ではなく、ただ体が揺れるような、脳天気なほどの陽気さ。それこそが、彼にとっての救いでした。
この探求は、時に混乱も生んだようです。ホレス・シルバーの名盤を国内盤と輸入盤で二重購入してしまったことについて、彼は「音は…。なにが何だかわからない。」と、ユーモラスな自己言及で締めくくっています。完璧を求める情熱と、人間らしいおかしみが同居する、愛すべきコレクターの姿がここにあります。
2002年の個人メールマガジンは、当時のCD市場やオーディオ事情を伝える貴重な記録であると同時に、一人の人間が何に情熱を注ぎ、何に救いを求めていたのかを生々しく伝えてくれます。
筆者が感じていた「閉塞感」を吹き飛ばすための「脳天気な陽気さ」。この感覚は、時代を超えて普遍的なものかもしれません。
20年の時を経て、私たちの日常も大きく変わりました。今のあなたが「閉塞感」から救ってくれる、脳天気なほど陽気なものは何ですか?
1. CDは収集対象外?いいえ、「音のすごい」輸入盤を求めて2. 謎の通販サイト「南米大河(乳なし)ドットコム」の正体3. 「火気注意」の96度ウォッカと、本当に起きた火事4. 30年愛用したスピーカーとの、ほろ苦い別れ5. なぜ今、50年前のジャズなのか?閉塞感を吹き飛ばす「脳天気な陽気さ」おわりに:あなたの「脳天気な陽気さ」は何ですか?