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珈琲 , Jazz & 巡礼と…

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NISAは新しい宗教か?「拝金教」のループ地獄からの脱出

珈琲 , Jazz & 巡礼と… · 2026年10月2日 · 18:02

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【新時代を生き抜く知恵】元外交官・佐藤優が語る「お金・皇室・日本人」5つの衝撃的な逆説1. 導入:私たちが抱える不安と「隠れた信仰」

「将来への不安から、なんとなく新NISAを始めた」「万が一のために、少しでも多く貯金をしておきたい」——不透明な時代を生きる現代人にとって、お金にまつわる悩みは尽きることがありません。

多くの日本人は「自分は特定の宗教を信じていない無宗教だ」自認しています。しかし、本当に私たちは何も信じずに生きているのでしょうか。実は、意識しないうちに私たちはある強力な「隠れた信仰」に身を委ね、その価値観に思考や行動を支配されているのかもしれません。

元外交官であり、知の巨人として社会の深層を見通す佐藤優氏は、現代の日本社会と日本人の心理の奥底にある「信仰」の正体を鋭く解剖します。本記事では、佐藤氏の反直観的で刺激的な洞察から、私たちの生き方と日本社会のあり方を根本から揺さぶる5つのインパクトある視点を整理してお届けします。

最近では「NISA貧乏」という言葉が話題になるほど、日々の生活を切り詰めてまで投資に資金を投じる人々が増加しています。値動きに一喜一憂しながら将来の安心を買おうとする行為について、佐藤氏は「本質的に宗教(信仰)そのものである」と喝破します。

ここに、現代の私たちが直面する最大の逆説があります。なぜ「拝金教」とも言えるお金への信仰は、これほどまでに私たちの心を強く捉えて離さないのでしょうか。それは単なる妄想ではなく、「現代人が抱える悩みや相談事の約8割は、実際に『お金』さえあれば解決できてしまう」という圧倒的な現実的力学が存在するからです。

「投資という形で確保しておくことによって将来の安心を買っているわけですよね。宗教です」

マルクスが『資本論』で論じたように、あらゆる商品やサービスと交換可能な貨幣(お金)は「一般的等価物」として社会の頂点に君臨します。商品をお金に変えることの難しさと、お金で商品を買うことの容易さという「非対称性」から、お金には神秘的な力が宿っているかのように見える「物神崇拝(ペティシズム)」が生まれます。マルクスがシェイクスピアを引いて「商品は貨幣を愛するが、誠の愛が穏やかに進んだことがない」と描写した通り、市場の不確実性の中で安心を求めてお金に身を委ねる構造は、資本主義システムが生み出す必然の帰結なのです。

この強力な配金教の支配から距離を置き、自身の軸を取り戻すためには、感情的な反発ではなく、資本主義の構造そのものをマルクスの論理によって解読し、冷徹に客観化することが不可欠となります。

皇室の継承問題をめぐる議論では、現代的な「ジェンダー平等」や「基本的人権」の理念をそのまま当てはめようとする主張が散見されます。しかし佐藤氏は、こうした近代的合理性を皇室という伝統システムに安易に持ち込むことの危険性に強い警鐘を鳴らします。

もし皇室に「ジェンダー平等」を導入して女性天皇・女系天皇を認めると、論理のドノモ倒しが起こります。「なぜ皇族には職業選択の自由がないのか」「なぜ政治活動の自由や学問研究の自由が制限されるのか」という問いへと連鎖的に波及し、最終的に皇室というシステムそのものが内側から崩壊してしまうからです。

そもそも宗教や伝統的システムとは、現代科学や近代的合理性では証明できない「不合理なドクトリン(教義)」や「タブー」を頑なに守ることで存続してきました。キリスト教における「処女懐胎」や「身体を伴う復活」という教義が実証科学で証明できないように、理屈を超えた不合理な前提をそのまま受け入れることこそが、システムの存続条件なのです。

「この皇統天皇制というもの自体が不合理なシステムなんです。で、合理性というのは近代以降になって入ってきているわけで、不合理なものの中に合理性を入れるとシステム壊れるんです」

日本の歴史を振り返ると、古代の武烈天皇の血統が途絶えた際、越前の国から継体天皇を迎え、2年間の空位期間を経て男系による継承を維持しました。男系継承という不合理にも見える伝統を守り抜いたからこそ、王朝が交替して支配者の姓が変わる「易姓革命」の思想が適用されず、万世一系の天皇システムが今日まで保全されてきたのです。

過去に逮捕や起訴などの不祥事を起こした人物であっても、一定の時間が経過すると「水に流して」社会復帰や再挑戦が認められる——。こうした日本社会特有の寛容さは、欧米から見れば異様に映ることもあります。実はこの風土の根底には、日本人の無意識に浸透している「神道」的な価値観が作用しています。

佐藤氏自身や、ともに逮捕・起訴された政治家の鈴木宗男氏が、後に外交の論客や政治家として再び社会的活躍を果たしている事実は、まさにその典型例です。欧米であれば社会的断罪が永続し、マスメディアも整合性を求めて復帰を許さないケースが少なくありません。しかし日本では、過去の罪や混乱を「水に流してゼロからリセットする」という神道的な土壌が機能しているのです。

この神道的無意識は、私たちの身近な年末年始の過ごし方にも色濃く表れています。

欧米のように「新年来てもゼロからのスタートにはならない」文化とは異なり、カオスを経て清め、やり直せるという感覚こそが、日本人の無意識を形作る神道ネットワークの力なのです。

世間では「国民が政治に無関心で、政治家にお任せにしている『お任せ民主主義』は悪である」という批判が繰り返されています。しかし佐藤氏は、代議制民主主義(大議民主主義)の本来のロジックに照らせば、専門家に運営を委任するスタイルこそが民主制の基本原則であると指摘します。

哲学者ヘーゲルが市民社会を「欲望の王国」と名付けたように、一般市民の本来的な役割は、日々政治活動に没頭することではなく、それぞれの経済的・文化的な欲望を追求して生活を営むことにあります。政治の実務は、選挙で選ばれた「政治家」と、厳格な資格試験で採用された専門家集団である「官僚」という二重の専門家に委任されているのです。

佐藤氏はここで、わかりやすい**「心臓移植手術の例え」**を引き出します。

皇室の継承問題のような極めて高度で専門的なテーマも同様です。国民の直接的な感情や一時的な世論に流されるのではなく、高度な知識を持つ専門家の知見をベースに組み立てられた結論を受け入れることこそが、大議民主主義における正しい政治のあり方なのです。

お金がすべての価値基準となる資本主義の肥大化は、人間の孤立や社会の分断を加速させます。この「配金教」の限界を打ち破る鍵として、佐藤氏が提示するのが、見返りを求めない支援である**「縦の贈与」**です。

なぜ人間には「縦の贈与」が可能なのか。人類学者・山極寿一氏のゴリラ研究に基づく説得力あふれるメカニズムが、その答えを教えてくれます。

比較項目

ゴリラ

人間

思春期(独立までの猶予)

生殖能力を得るとすぐに子供を作る(思春期がない)。

10歳を超えて生殖能力を得てから、社会的に自立する20代半ばまで**約15年間の「思春期」**を経る。

老齢期の寿命

メスは生殖能力を失うと約2年で死に至る。

生殖能力を終えた後も、**数十年間にわたる「老齢期」**を生きる。

なぜ人間という種だけが、進化の過程でこれほど長い「老齢期」を獲得したのでしょうか。それは、生殖能力を終えた上の世代が、社会的に自立するまでに長期間を要する若い世代(思春期の個体)を無償で助け、群れ全体を存続させるために他なりません。

「競争で勝った者が見返りを求めずに社会に還元していく……こういった形で縦の贈与が生まれてくるんです」

競争で成果をあげた大人や経済的に余裕のある高齢世代が、見返りを求めずに自分のポケットマネーで学生や社会に出たばかりの若い世代(30代半ばまでの駆け出しの人々)を支援する。この「縦の贈与」の循環を取り戻すことこそが、お金だけでは解決できない人生の危機を乗り越える、強靭な共同体を再生させる道なのです。

私たちが日々感じている将来への不安や生きづらさの多くは、あらゆる価値をお金で押し計ろうとする「配金教」への過度な依存から生じています。しかし、どれほど巨額の富を築いたとしても、お金をあの世へ持って行くことはできません。

市場の波に翻弄されながら将来の安心をお金だけに買い求める生き方から抜け出すために、私たちはまず資本主義の構造を論理的に理解する必要があります。その上で、伝統的なシステムの知恵に学び、身近な人間関係やコミュニティを大切にし、見返りを求めない「縦の贈与」の輪を広げていくことが求められています。

資本主義のシステムが大きな調整局面を迎えている今、最後にあなた自身の胸に問いかけてみてください。



元ネタは https://youtu.be/FP0MwB-xdDM?si=CkIkgzBdtXGL6nZH

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