珈琲 , Jazz & 巡礼と… · 2026年10月17日 · 17:19
『ゴルゴ13』が半世紀前から警告していた「正義」の正体――分断の時代に刺さる4つの洞察1. 導入(Introduction)
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の長期化や、米国・イスラエルとイランの対立をはじめとする中東の混迷など、世界各地で悲惨な紛争が絶えません。ひとたびSNSを開けば、多様な価値観や主張が熾烈にぶつかり合い、誰もが自らの「正義」を盾にして他者への攻撃を深めています。私たちは今、かつてないほど根深い「分断の時代」を生きていると言えます。
こうした現代世界の窮状を、半世紀以上も前から予見し、鋭い問いを突きつけ続けてきた作品が存在します。1968年の連載開始以来、累計発行部数3億部を超え、単行本201巻(2021年時点)で「世界で最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」としてギネス世界記録に認定された不朽の名作『ゴルゴ13』です。
理髪店や喫茶店の本棚にある定番の大衆娯楽——そんなイメージで片付けるわけにはいきません。没後5年を迎えた希代の劇画家、さいとう・たかを氏がその生涯を賭して描き続けたこの作品は、痛快なスナイパーアクションの皮をかぶりながら、世界の構造的破綻と「人間が振りかざす偽善」を鮮やかに照射する拡大鏡だったのです。
なぜ今、私たちは再び『ゴルゴ13』を開くべきなのか。半世紀前から現代の分断を予見していた、思慮深き4つの洞察を解き明かしていきます。
『ゴルゴ13』の真骨頂は、主人公デューク・東郷という存在の特異性にあります。彼は本名、年齢、出身地、国籍のすべてが不詳です。そして何より、従来のヒーロー像のような「正義の味方」としては絶対に描かれません。報酬と引き換えに依頼を果たし、どんなに思想的・政治的に対立する陣営であっても条件さえ合えばビジネスを割り切る、冷徹極まるプロフェッショナルです。
15年近く『ゴルゴ13』の連載を担当した小学館の編集者・西村直純氏は、作中に登場する象徴的な問いについて語っています。
「その“正義”とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?」
西村氏によると、さいとう氏は生前「人は正義というもののために最もひどいことをする」とよく口にしていたといいます。大国が自らの都合で掲げる「正義」をあたかも世界共通の絶対善であるかのように押しつける風潮への深い疑問。そして、立場や時代によってあっけなく変貌する「正義」という不確かな概念に対し、特定の価値観へ肩入れすることを徹底的に拒絶した姿勢こそが、作品の揺るぎない背骨となっていたのです。
あえて「正義の味方」を描かず、善悪の判断を主人公にさせない。この逆転の発想によって、作品は読者に対して「あなたが信じている正義は、誰かの悪ではないのか」という自省を促す、客観的な思考の場を提供しているのです。
さいとう・たかを氏が「正義」という言葉に対して抱き続けた強い不信感。その原点は、故郷である大阪・堺市で過ごした幼少期の強烈な原体験にありました。
小学校の同級生であり、さいとう氏の没年まで交流を続けた岩井淳氏の証言は、その人間形成の核心を伝えています。さいとう氏が小学3年生の時に迎えた終戦の日。戦時中は「鬼畜米英」と教え込まれ、「アメリカ人は鬼のような恐ろしい存在だ」と固く信じ込まされていた子供たちの前で、大人たちは敗戦を境に突然手のひらを返しました。一転して「アメリカさん」とすり寄り始めた大人たちの醜悪な変貌を目の当たりにした少年さいとう氏は、激しいショックを受け、「そんな大人なんて信用できへん」と心に深く刻み込んだのです。
昨日までの絶対的正義が、社会の都合一つで一夜にして裏返る。この幼少期の苦い記憶について、さいとう氏生前、次のように語っていました。
「作品を通じて人間の正義とか悪とかいうものを、ある意味で告発しているつもりなんだ。なぜかというと、人間は常に、善や悪を自分の都合で考える。自分に都合がよければ善と呼ぶし、都合が悪かったら悪と呼ぶ。だからこそ人間にとってそれは、永遠のテーマじゃないかと思うから」
「絶対的な善悪など存在せず、人間は自己の都合でそれを入れ替える」という冷徹なリアリズム。敗戦の体験から育まれたこのドライな人間観こそが、半世紀にわたり作品に圧倒的なリアリティと説得力を与え続ける源泉となったのです。
『ゴルゴ13』が描く情勢の圧倒的なリアリティは、徹底した情報収集と情勢の先読みによって支えられていました。まだ日本人の海外渡航が一般的でなかった時代から、渡航する知人に現地の写真撮影を細かく依頼し、情勢を聞き取っては作品に取り込み続けていました。
担当編集の西村氏によれば、最新の武器や高度な科学技術がストーリーの鍵を握るため、さいとう氏は「『ゴルゴ13』はとても書きづらい」と弱音をこぼすこともあったといいます。しかし、「読者と雑誌のための作品だ」という妥協のないプロ意識から、時代のリアリティを極限まで追求し続けました。
その真摯な取材姿勢があったからこそ、さいとう氏は冷戦終結の際、西村氏に次のような鋭い洞察を語っていたのです。
「東西冷戦という分かりやすい2極構造がなくなったことで、世界のあらゆる地域で争いや分断が表面化してくる」
米ソ二極対立の崩壊後、世界は平穏に向かうのではなく、むしろ細分化された泥沼の多極的対立へと陥る——。今日の中東の不全やデジタル空間での細分化された分断を見れば、この予見の恐ろしいほどの正確さに驚かされます。
この「時代の予見性」は今なお若い世代の心をも捉えています。堺市役所21階の展望フロアで開かれている常設展には、わずか4か月ほどで13万人以上が来場しました。会場を訪れた20代の男性読者が「単に作品を楽しむだけでなく、現代の不安定な情勢について考えるきっかけになる」と語るように、時代を超えた普遍的な教科書として機能し続けているのです。
2021年9月にさいとう・たかを氏がこの世を去ってから歳月が流れた現在も、『ゴルゴ13』の連載は一度も途切れることなく続いています。作者の死後も作品が自律的に生き続けるという奇跡を可能にしたのが、さいとう氏がいち早く構築していた「分業制」というシステムです。
ストーリー構成、作画、背景調査など、制作過程を細分化してそれぞれのプロが担う集団制作体制。生前、さいとう氏は「自分がいなくなっても、作品が続いていってほしい」と強く望んでいました。
現在、制作スタッフのデスクの上には、まるで制作工程を見守るかのように、さいとう氏の遺影が静かに掲げられています。制作チームを率いる藤原芳秀チーフは、その決意を次のように語ります。
「先生はよく『自分は読者に描かされているんだ』と言っていました。私たちもまるで、そんな先生に描かされているような感じがするんです。これからもずっと作品を作り続けていく、ただそれだけです」
「読者のために作品を残す」という徹底したプロ意識から生まれた分業システムは、作者個人の生命を超えて動き続ける「意思を持った永久機関」となりました。遺志を継いだチームの矜持によって、デューク・東郷は今も世界の歪みを射抜き続けています。
さいとう・たかを氏の故郷・堺市では、市の広報誌やポスターのみならず、防災ハザードマップにも『ゴルゴ13』を起用し続けています。これは単に目立つからという理由だけではありません。災害という極限状態において感情的・パニック的になりがちな市民に対し、どんな危機的状況下でも冷静沈着に事実を見つめ、客観性を失わないデューク・東郷の姿勢を通じて、平静と自省を促すという意図が込められています。
常設展を監修した堺市の「ゴルゴ13担当」職員は、展示に込めたメッセージについてこう語っています。
「さいとう先生の作品にはゴルゴ13も含めて、絶対的な善人や悪人があまり登場しません。そこにはやはり『自分の正義だけを絶対視しない』という先生の価値観があったからではないでしょうか。さまざまな立場や考え方がぶつかりあうことが多い現代だからこそ、先生が作品に込めた思いやメッセージは今後も時代を越えて、多くの人の心に響くものだと信じています」
誰もが「自分側の正義」を疑わず、他者を悪と決めつけて攻撃を繰り返す現代社会。だからこそ、特定の正義に決して与せず、人間の身勝手な善悪の振り分けを静かに告発し続ける『ゴルゴ13』の存在は、私たちに立ち止まるための強靭な理性を与えてくれます。
あなたが今、強く信じているその主張や正義は、本当に普遍的な真理でしょうか。それとも、単にあなた自身の都合や立場が生み出した、身勝手な盾に過ぎないのでしょうか——。
半世紀の時を超えて、孤高のスナイパーは今も私たちに問いかけています。
「その“正義”とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?」
元ネタ NHK大阪放送局 記者 江田剛章 https://news.web.nhk/newsweb/na/nd-20261015de59562