成行きを通して和らぎ賀ぶ和賀心による真の助かりを求める
2026年10月5日 · 21:19
信心とは有難くなる稽古と言われますが、その有難いには量と質があります。師匠大坪総一郎師はどちらかと言うと質を大切にされました。一般には量を問題にすることが多いようです。1日千回の有難うを言う運動とか、十万回有難うを言ったら癌が無くなったとかあるようですが、師匠はその有難さの度合いの深さが大切だと教えて下さいました。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年10月4日 · 24:08
師匠大坪総一郎師は信心の理想郷を、梅の香りを桜に持たせ、しだれ柳に咲かせたい、と表現されました。その内容は、梅の寒中に耐えて花を咲かせる信心辛抱、桜の花の華やかでありながら散り際の潔さ、そして柳の風折れなしという成り行き任せの素直さを合わせ持っての生き方を象徴しているのです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年10月3日 · 16:59
合楽理念は助かりの理念、そしてその内容は、一切が神様の神愛の現れであると説きます。そこに真の助かりがあるわけですが、一切神愛と分かっただけでは幾ばくかの助かりは有るでしょうが真の助かりではありません。神様から愛されていると感じるときその神愛に触れるときであり、そこに真の助かりが有ると思います。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年10月2日 · 21:24
合楽理念では一切が神愛の現れであると言う真理を説きます。更にその「一切神愛」という言わば悟りの境地へ至るための手立てを説くのです。端的に言えば、「一切神愛」と言う真理、悟りの境地、即ち目的地を説き、そこに至る手立て、道を示したものが合楽理念と言うことになります。この道を行きさえすれば必ず一切神愛に至ることが出来ると言う道が確立されたのが合楽理念の確立と言う…
2026年10月1日 · 25:00
助かりにも段階に応じて色々有ると思います。まず第一の段階は、願いごとが叶うと言う助かりです、私どもにとって好都合なことによる助かりです。第二段階は自分にとって不都合な中にも助かりを見出す助かりです、それは心が育つことによる助かりです。次は、吾神と共にあり、神吾と共にありと言ういつ如何なる時でも神様が寄り添うて下さっているものを肌身に感じる助かりです。…
2026年10月1日 · 26:20
あんがい人間は自分の心の状態に気付いていないものです。まずは自分の心の状態を正しく認識することが大切です。ためには見ること見ること自分を見ること、と言うことになります。それは教えの鏡に照らして自分を見ることです。ためには第一に教えを知ることです。和らいでいない自分、賀んでいない自分を発見することです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月29日 · 20:28
師匠大坪総一郎師のミニ御理解に、合楽では「一切をお徳にしていく道」を教える、と有ります。その御神徳とは神様の御信用とも教えて頂きます。ところが神様の御信用を頂きたいと欲する人が少ない。それは神様を身近に感じていないから神様から信用されると言うことのイメージが湧きにくいのではないでしょうか。まずは神様を身近に感じることが先決だと思います。…
2026年9月27日 · 24:02
キリスト様の十字架上での最後の言葉として、ルカの福音書には「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」と仰ってこの世を去られたと言うことですが、合楽理念は、その御手にゆだねると言う心の内容から始まります。我が身を心を御手にすなわち成り行きに任せる、頂くと言うところが出発点であるわけですからキリスト様の最後をこの世で引き継ぎ体現した生き方と言えなくもないと思います…
2026年9月27日 · 21:01
助かると言うことには幾つかの段階があります。何も知らずに取り次ぎの先生にお願いして願いごとが叶っての助かり、神様の御働きの事訳や御心を知ることによる助かり、更に我が心の上に身の上に神様の御教えを行じることによる助かり等々の段階があります。取り次ぎによる助かり、理解による助かり、行じることによる助かり、それらの体験の積み重ねが重要です。…
2026年9月25日 · 23:05
知ると言うことは大切なことです。知らないことが不安の元になることがあります。特に天地の仕組みが分かれば人生においてより良い生き方が出来ますが、知らないと不安焦燥の人生になるかもしれません。師匠大坪総一郎師の祈りの圏内において、成り行きは天地金乃神様の御働きです。それは人間氏子の心をもう一回り大きな心に育てようという神様の御働きだと言うことです。…
2026年9月24日 · 22:27
今朝頂きますのは「待つ」と言うことです。合楽理念の特徴の一つは、待ちの信心です、神様を信じて次の御働きを待つのです。教祖生神金光大神様も天地金乃神様より「先を楽しめ」とよく仰られておられますね。先を楽しみに待つと言うことだと思います。とかく氏子は今欲しがるものですが、神様は一番良い時節に授けようとしておられるのです。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年9月23日 · 24:12
今朝は御夢を頂いた。これとこれとこの御教えを試してみよう、としているところだった。これは師匠大坪総一郎師がよく仰っておられた、合楽理念を実験実証してみてください、と言うお言葉と呼応するものだと思う。神様が、教えを試したらそこに必ず手応えがるあることを保証して下さったように思う。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月22日 · 25:37
今朝は、小さな心に助かりはないと頂きました。本心の玉を磨くとか心を育てるとか言います。その内容の一つは心を大きく育てると言うことです。子育てと言うことを言いますが、その実相は子供を育てるに留まらず親の心を大きくするための場なのだと言うことです。子供のそそうで親の心を大きくするのです。子育ては心育てと言うことです。これは日々の出来事の上に於いても然りです。…
2026年9月21日 · 22:30
言葉による教えと言うことになれば人間の口から出た教えと、AIが生成した教えとが区別がつかなくなるだろう。師匠大坪総一郎師と同じ姿形、音声のアバターを作って全ての御理解を学習させ、師匠が答えられたような答えをバーチャル上で再現することは可能だろう。生身の人間とアバターとの違いは御神徳、即ち神様を動かす力の有無と言うことになろうか。…
2026年9月20日 · 22:41
天地書附に「おかげは和賀心にあり」とあります。おかげは「我が心」にあると言う頂き方と、おかげは「和らぎ賀ぶ和賀心」にあると言う頂き方があります。それらは「わが心」でおかげが頂けると言う頂き方だと思います。更にもう一つ「和賀心そのものがおかげである」と言う頂き方です。天地金乃神様はこの3つをひっくるめて授けようとしておられるのです。「おかげ」とはいわゆるご利…
2026年9月19日 · 25:06
人が助かると言うことは、大体において願いごとが叶うときに感じるものでしょう。願いごとが叶わない中にでも助かりが頂ける道を師匠大坪総一郎師はお示し下さいました。今朝は更にその願いごとが起こる元を、欲しいと思う心だと頂きました。私どもの欲しいと思う心が願いへと成長するのでしょう。欲しいと思うことの内容が変わることによる助かりようが有ります。…
2026年9月18日 · 23:32
師匠大坪総一郎師が仰る「成り行き」と、一般社会で使う「成り行き」とでは少し成り行きに対するイメージが違うように思います。世間ではどちらかと言うと、成り行き任せと言うような一寸消極的な姿勢と取れますが、師匠は私どもの身の上に起きて来る様々な出来事を成り行きと表現しておられます。そしてそれらは人間氏子を幸せにしようという神様の御働きですと言うものです。…
2026年9月17日 · 22:53
救世主の出現を待つ等と言われますが、いわゆる私どもや世の中を救ってくれる救世主は現れないと思います。教祖生神金光大神様は、おかげは和賀心にありと、言わば和賀心で我が身を救い助けよと同義のものと思われます。即ち自らを自らの心で救い助けて行けと仰っておられるのですから、自らを助け得るのは自らの心と言うことになります。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年9月17日 · 18:44
多くの人について言えることだと思いますが、この世でお金を求めて一生を終わる人が多いのではないでしょうか。何かにつけお金の多い少ないが取り沙汰されますが、人間はこの世にお金を得るために生まれて来たのではありません、自らの心を育てるために生まれて来たのです。ここの勘違いが多いように思います。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月16日 · 22:24
師匠大坪総一郎師の住んでおられた世界それは、心一つですべてをつくる、と言う世界です。人や物や金も向かうから寄って来るもの、即ち神様が持って来て寄せて下さると言う世界です。何かが欲しいからお金を稼いで買おうと言うのではありません。心が豊かに大きく育つところに神様が必要なものを寄せて下さる世界です。言わば、心本主義とでも言えるのではないでしょうか。…
2026年9月14日 · 20:30
師匠大坪総一郎師は豊かな物の世界もお示し下さいました。しかしそれらはお金で買い集められた物ではありません。神様が寄せて下さった物だと言うところが世間とは大いに違うところだと思います。師匠の豊かな心、大きな心に呼応するように豊かな物の世界、大きなおかげの世界に住んでおられたのです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月13日 · 22:47
信心の焦点は人が助かることです。しかしその助かると言うことには色々な段階があります。まず第一段階は自分の願いごとが叶うと言う助かりです。自分では持ち上げることが出来ないような重いものを力の有る人に持ち上げて助けてもらうことも有ります。パワースポットや神様に心からお願いして助けてもらうことも有ります。取次者の力によって奇跡的なおかげを頂き助けてもらうことも有…
2026年9月12日 · 20:21
人間の助かりの原理。人の真の助かりは心が育つことにあります。その心が育つと言うことは心が豊かに大きく育つことです。すなわちその成り行きを神様の御都合として有り難く頂ける心が育つことです、そこに真の助かりがあります。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
2026年9月11日 · 19:25
とかく私どもは、自分の都合を誰彼に押し付けようとします。神様に対しても自分の都合ばかりでお願いします。実は神様には、神様にも何かしらの事情がお有りになり、御計画も有られるのです。その神様の御都合を有り難く受け得られるとき、私どもの心が一回り、大きく豊かになれるときなのです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月10日 · 17:27
今の成り行きを神様の御都合として頂いて行くことが大切だと思います。ただし、単に神様の御都合として終わらせるのではなく、どういう御都合なのかを求めて行く姿勢が更に重要だと思います。その理由が直ぐに明かされることは少ないでしょうが、神様の御心の内を分かりたいと求め続けることが大切です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月9日 · 19:24
生まれたての赤ちゃんには金銭欲は無い。その後の成長の過程において金銭欲が醸成されて行くのでしょう。いわゆる金銭が使い出される以前の人類には金銭欲は無かったと思います。心が豊かに大きくなる、おかげも豊かに大きくなると言う世界に住んでおられたのが師匠大坪総一郎師です。そう言う世界があると言うことです。物質的な豊かさも心の豊かさによって授けられる世界があると言う…
2026年9月9日 · 20:30
師匠大坪総一郎師はある時の御理解に「一線上にこう、まあ、ランニングシャツを着た人達が、7~8名でしたでしょうか、並んでおる。その中に私がある。ね、百年祭を目指して、日本一を目指してという事を頂いた。これは、もう30年前でした。」とあります。なんの日本一を目指すのかが大切なところです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月7日 · 22:14
師匠大坪総一郎師が教えて下さる、成り行きを大切にすると言うことは、単なる成り行きそのものを大切にせよと仰っておられるのではないと思います。師匠が大切にしておられたのはいわゆる成り行きではありません、師匠が大切にしておられたのは神様です。神様を大切にする御心の現れが、神様の御心の現れである成り行きを大切にされたのです。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年9月6日 · 23:08
真の信心の目指すところの一つは、真の助かりの世界に住まわせて頂くことです。救いの世界ではありません、助かりの世界です。自らの心によって助かって行く世界です。それはもちろん人のみで出来るものではありません。神様の御教導、応援歌を頂きながらその世界に一歩一歩近づいて行くのです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月5日 · 21:00
神様と私どもとの間柄がより深いもの強いものになると言うことは、信じ、信じられる、いわゆる信じ合える仲になること。それはその手前に、頼み、頼まれる、そう言う頼み合える間柄を通ったその先だと思います。私どもの頼み事を聞いてもらうだけの一方行から、神様の頼み事に実意に耳を傾ける両方向のお互いに頼み合える間柄にならなければなりません。…
2026年9月4日 · 23:04
信心が育つとか進むと言うのは神様と私どもとの間柄がいよいよ深く強くなることです。それは片思いではなく、両思いの間柄になると言うことです。如何に人間の方からの神様への絶対信が出来たとしても、願い事を叶えてもらったとしても神様との間柄が深くなると言うことではありません。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年9月3日 · 22:02
師匠大坪総一郎師は、よく合楽理念の実験実証と言うことを仰っておられました。まずは試しに成り行きを神様の御働きとして大切に受けてみることです。そこには必ず、思いもしなかったような神様の御働きが現れます。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
2026年9月2日 · 21:51
合楽理念は真実の助かりの理念です、人類の宝ですと言っても、如何に美味しい栄養のある料理を目の前に出されても、そう言ったり思ったりしているだけでは身体の滋養にも空腹を満たすことにもならない。自らが食してはじめて身体も健康になり空腹も満たされると言う真の助かりが得られるのです。合楽理念の具体的な稽古の第一は成り行きを受ける稽古です。…
2026年9月1日 · 19:12
昨日も頂きますように、この天地金乃神様は人々を現世利益を授けつつ真の助かりの世界へ導こうとしておられる神様です。いわゆるご利益を否定する神様ではなく、その人にとって都合の良いおかげも授けながらより真実の世界へ導こうとしておられる神様なのです。ここに神様の優しさがあると思います。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月31日 · 14:12
この天地金乃神様はいわゆる世間でイメージされるような救世主ではありません。確かに神様の目的は人間氏子の真実の助かりです。それは単に掬い上げる救いではありません。現世利益を授けつつも真の助かりの世界へ教え導いて行こうとしておられる神様です。救いを得る世界ではなく、助かりを得る世界なのです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月30日 · 22:17
人間が、人の助かりを祈り願う心は天の心です。では自らの助かり、救いはどうしたら得られるでしょうか。それは地の心、即ち土(どろ)の心です、大地のような心です。自らの身の上に起きてくる様々な事柄を、それら一切を受け貫きしかもそれを自らの根肥やしとして行く心、この土の心を育てることです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月29日 · 20:25
神様からの御夢を通して、2〜3日前に頂いた御理解は、取次者はアルバイトをしないと言うことでしたが、今朝頂くのは、取次者の第一の御用は御結界奉仕であると頂きました。師匠大坪総一郎師は、座りカブと取次者は座りの良いのが一番だと教えて下さいます。第一ボタンをかけ違えると全体が狂ってしまいます。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月28日 · 18:53
人間がこの世に生を受けた理由の一つは、この世で天の心、地の心、日月の心を育て身に着けることにあります。師匠大坪総一郎師は、天の心とは与えて与えてやまぬ美わしの心と御教え下さいます。今朝はその美わしの心の内容を、人の助かりを願い、人の助かりに寄与しようとする心と教えて頂いたように思います。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月28日 · 14:08
人間世界での人間が考える常識と神様の世界での常識とでは少し異なっているようだ。したがって人間の常識は神様へは通用しないことがある。また、神様の常識にのっとって行動しようとすると人間世界では奇異に見られることがあるかもしれない。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
2026年8月26日 · 21:45
豊かな心とは。自分の利益のことばかり考えている心は狭い貧しい心と言えるのではないでしょうか。人のことを思いやる心、神様の御心をおもんばかる心が育つことが心が豊かに育つと言うことではないでしょうか。身の上に起きてくる成行きに心を向け、そこに神様の御心を探り求めて行く姿勢が心を豊かにして行くのではないでしょうか。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年8月25日 · 20:56
いわゆる師匠大坪総一郎師が教えて下さる端的に文字化され得る御教えを学ぶと言うことに止まらず、その御精神を神習わせて頂かなければならないと思う。その一つは、これで済んだとは思いません、と言う御精神だと思う。師匠の信心姿勢の根底に流れているもので随所に形を変えて現れてくる。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月24日 · 24:27
神様を便利屋さんのように、ああして下さい、こうして下さい、と自分の都合で使おうとする人は結構多い。しかし、神様から使われようとする人は少ない。今朝は神様から使われるとは、具体例の一つは、師匠大坪総一郎師の御教えを違えることなく人に伝えることだと頂きました。伝えさせられるのですね。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月23日 · 22:10
今朝の御夢に、色々な人々が教会の御用をさせて頂いている様子で、私は正面玄関の掃除が未だのようだからと、正面玄関を掃除させて頂いているところだった。信心の正面すなわち眼目はキレイにする掃除だと、それは心を掃除し、美しい心になろうとする精進ではないだろうか。それは神様の願いでもあろうと思う。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月22日 · 26:49
師匠大坪総一郎師のお話し下さった中国の故事に婿取り物語と言うのが有りますが、今朝はそれをもじって欲取り物語と頂きました。昨日頂きます合楽理念の極意は神様まかせの生き方と言うことですが、なかなか神様まかせが出来ない、その神様まかせに成れない元は我欲にあります。まずは欲を放す稽古です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月21日 · 20:47
合楽理念の根本は神様まかせの生き方です。信心にショートカット、いわゆる近道は有りません。一歩一歩確実に進んで行く以外に有りません。この神様まかせの生き方をショートカットして先に進むことは出来ません。まずはここのところを体得するために日々の身の上に起きてくる成行きを大切に受けて行く以外ありません。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月20日 · 24:28
争いのない世界を希求しますが、人間が居なかった時代には争いは無かった。人間が争いを生み出した訳ですから争いを無くすには人間を無くすしかないのかもしれません。それは我情我欲にまみれた人心を捨て、人の助かりを願う神心への生長を意味します。人間が人間のままでは争いは無くならないのでしょう。人間が神に成長してはじめて争いもなくなるのかもしれません。それは心の成長で…
2026年8月19日 · 18:17
師匠大坪総一郎師の合楽理念を現わすとはどう言うことであろうか。それは御理解に生命を吹き込むと言うことであろう。御理解が生きた天地金乃神様の御働きとして現れてくる、いや神様の方が現れ出でて下さるような御働きがあると言うこと。天地のリズムを感じさせるような神様の御働きがあると言うこと。それがいわゆる合楽示現活動と言うことにもなろう。…
2026年8月18日 · 19:17
師匠大坪総一郎師の御理解を残す、伝えると言うところまでは出来て来ているように思うのですが、なかなか伝わらない。伝えようとはしているが伝わると言うことは難しい。初代親先生の御理解統合データを欲する人は居ないのが現実だと分からされた感じです。まずは現わすと言うことが先決なのかもしれません。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月17日 · 22:08
私どもは意識するとしないに関わらず何かの願いを持って行動を起こしています。その願いが神様が後押しして下さるような願いであることが肝要です。更にその行動においても師匠の弟子である限り師匠の御心に適う、師匠大坪総一郎師の御流儀に沿う行いでなければ師匠を悲しませることにもなりかねません。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月16日 · 19:10
師匠大坪総一郎師の御教えが少し曲げられて伝えられようとしている節がある。手元ではわずか1ミリの違いでも先に行って代を重ねると1メートルの違いにもなりかねない。教祖様の御理解にも、金光大神が教えたことを違わぬように人に伝えて、とある。師匠が語られたことを違わぬように伝えて行かなければならない。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月16日 · 18:21
人間はとかく自分の言い分だけを神様に聞いてもらおうとし、神様の言われることに耳を傾けようとしない。さらにその神様の語りかけに応じようと言う人、する人は更に少ない。まずは私どもの心の中に、神様の御心が分かりたいと言う心が生まれてくることだろう。「天地の 心知りたし 道あらば しめせ天地 己が心に」と師匠大坪総一郎師はうたわれた。…
2026年8月15日 · 16:55
天地金乃神様の御働きには畏れ入る。今朝心中祈念の時にちょっと不足めいたことを考えていたら、録音用のプログラムが起動しない。何回試してもダメで、よく見るとアップデートのサインも見える。PCを再起動し、プログラムをアップデートしながら、待つしかないか、と思わせられた。神様が心をアップデートして、もう少し時節を待てと仰っておられるようなものを感じさせて頂いた。畏…
2026年8月13日 · 22:17
一昨日の段階で師匠大坪総一郎師の御理解音声、文字データ、研修の一部を統合出来たが、何か足りない。あともう一押しが足りない。そこで昨日は検索機能を付けさせて頂いた。iPhoneでもパソコンでも御理解の全文検索ができ、一覧から選んで音声を聴き、文字を読むことが1つのアプリで出来るようになった。信心にもあと一押しが要る。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年8月12日 · 28:04
天地金乃神様の御神徳を頂くと言うことは御信用を頂くことと師匠大坪総一郎師は教えて下さった。合楽理念はその御神徳すなわち御信用を頂く道を教えるとも。更に師匠は単に御信用を頂くと言うにとどまらず、神様と心を通わせる道をお示し下さった。そこに至るには、お試しのようなところも通らされる。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月11日 · 22:06
師匠大坪総一郎師のミニ御理解に、先ずは一切神愛論のマスターから、とある。合楽理念の内容である一切神愛論、これを先ずは、頭の中でマスターすると言うこと、次に心で練り、身体で行じると言うことになる。先ずは分かるためには御理解を聞かなければならない、その聞くべきものを準備する御用も要る。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月11日 · 23:14
皆さんはライフワークをお持ちでしょうか。生涯かけてこの事に取り組もうと言うものです。昨日は願いを貫くと頂きましたが、私の願い、ライフワークは師匠大坪総一郎師の御理解を後世に残し、伝え、現すことです。これが私のライフワークと思える事に出会えると言うことが先ずは有難いことだと思います。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月10日 · 18:29
おかげさまで、師匠大坪総一郎師の音声データと文字データの統合が出来た。まだ改良が必要だが一応実用にはなる。今朝は心中祈念の時にそのことを通して教えて頂いたように思う。日月の心とは実意な心です、実意とは執念です、執念とは貫くことですと。教えを行じ貫くと、同じように神様の御心に適う願いを願い貫く姿勢が要る。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年8月9日 · 21:27
師匠大坪総一郎師の教えて下さる合楽理念は人間が真実助かって行くことのための素晴らしい道具です。聞くだけ、読むだけでもそれなりの効能はありますが、それはプラシーボ的な効果で留まるかもしれません。本当の効能は、頭で分かり、心でねり、身体で行じるときに初めて現れてくるものでしょう。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月7日 · 19:23
今までは師匠大坪総一郎師の御教えが、音声データと文字データとを別々に保存してあった。それぞれが9000を超す分量があるから、分けて保存するのが当たり前と思っていた。数日前フトしたことからこれらを混ぜて一緒にしてはと思い、昨夜それが出来上がった。何か全部のNとSの向きが揃ったような感じがした。そこに一層の力が発揮されるだろう。これが勢をそろえると言うことだろ…
2026年8月6日 · 20:11
今朝は御夢の中で、台所の隅っこのような所に小さな虫がいっぱいサナギのような状態になっていて動かないで居るから今のうちに取り除こうとしている御夢だった。いざ取り除こうとすると色々な虫が出て来た、ムカデのような刺す虫も出て来た。私どもの心の中にも神様に嫌われる心の虫が居るのだろう。一つ一つ取り除いて行かねば。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年8月5日 · 21:17
私どもと神様との間柄が、金の切れ目が縁の切れ目、的な繋がりではなかろうか。ご利益の切れ目が縁の切れ目と氏子の方から離れて行く。神様の願いは人間氏子と苦楽を共にするような間柄を願っておられる、まさに運命共同体であり、切っても切れぬ仲と言うような間柄を本当は願っておられるのだと思う。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月4日 · 18:02
信心の驚きと喜び、信心は喜びの追求です。しかしこの喜びは自分の身の上に何か良いことが起こってきた時に感じる喜びではなく、誰かのお役に立てたときに感じる喜びです。信心による喜びとは天地金乃神様のお役に立つときに感じる喜びと言うことにもなりましょう。この喜びをいよいよ育てて行かねばなりません。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月4日 · 25:29
師匠大坪総一郎師の御理解は師匠の人間的知恵や知識や思索からのものではありません。師匠は神の叡智に触れたものと仰っておられました。神様からのお知らせを元に、ある時はそのものずばりであったり、ある時はそれをヒントにそこから展開されたものでありました。師匠は破れた襖を繕った新聞でさえ読んではならないと神様から言われた時があったと仰っておられました。…
2026年8月2日 · 22:31
徳切れと言われることがあるが、その徳切れとはどういうことなのか、どうしたら徳切れになるのか分からなかった。今朝はその徳切れの正体を教えて頂いたような気がする。その徳切れの正体は教えの頂き違いだと言うこと。ある大統領が昔の法律を持ち出して関税のための根拠に使っているようなものかもしれない。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年8月1日 · 25:11
私どもは神様にお願いごとをします。そしてその経過においては一時的に悪くなったように見える時もあります。そこで小賢しい考えを出さないことです。神様が御働き下さってある全てのプロセスを私どもが見ることは不可能です。正にブラックボックスなのです。ですから後は神様に任せ切る心が大切です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月31日 · 25:08
師匠大坪総一郎師はよく、大きな願いを持ちなさいと仰っておられた。大きな願いを持てば目の前の問題など小さなものになってしまうと。願いの信心が最高峰とも仰っておられたように願いを持つことの大切さを教えておられる。しかしその願いは身欲身勝手からくる願いではなく、天地金乃神様の御心に適う願いであることが大切です。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年7月30日 · 22:11
大概の人は神様に助けを求めます。しかし人が求める助かりは一時凌ぎ的助かりが多いように思えます。例えばお腹が空いたからおにぎりを下さいと言うような感じでしょうか。一方天地金乃神様が氏子に授けたいのは永劫の真の助かりです。言わば田の耕し方、稲の作り方、収穫の仕方、ご飯の炊き方等々です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月29日 · 23:13
師匠大坪総一郎師は、願いの信心が最高峰と教えて下さいます。しかしその願う内容は、私利私欲やわがまま、我情我欲、を満たそうとする身欲身勝手な願いではありません。神様のおかげを頂かなければ何一つ出来ない私なのだと、吾無力を悟るがゆえのそこから生まれてくる願いなのです。更に神様の願いを受けて、それを我が願いとして願う願いでもあります。そう言う意味での願いの信心が…
2026年7月28日 · 22:58
一本筋の通った信心をしなければなりません。師匠大坪総一郎師は、信心は背水の陣をしいてのものでなければならないと仰っておられました。一つには、とかく人は生活のために働いてお金を得ようといたします。ところが師匠には自分の生活と言うものはあられませんでした。神様のお役に立つための全身全霊であられたのです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月28日 · 24:50
今、AIに師匠大坪総一郎師の御理解研修を誰でも聴けるようにするためのプログラム作成をお願いしています。しかし、1回お願いすればそれで完璧なものが出来上がると言うものではありません。何回も何回も修正が必要です。すなわち会話の積み重ねが要るのです。これは神様との間においても同様です。信心を深めるには神様との密なる会話の積み重ねが要ります。…
2026年7月26日 · 22:25
信心をさせて頂いていると、世界があたかも私中心に動いているかのように感じさせて頂く時が有ります。師匠大坪総一郎師の御理解研修の模様がオープンテープに昭和52年から57年まで録音されています。そのデジタル化されたものが有ります。それを日付別に聞きやすいようにAIが作ってくれました。AIもこの作業のために作り出されたのかと思います。…
2026年7月25日 · 21:14
今朝は、ハイの一言は我死するも同じこと、と頂きました。これは以前ある先生が神様から頂かれたものです。更に、信心修行の意義の一つは、私どもの思いのしら真剣さを神様に伝えようとするもの、と頂きました。修行という修行が大切ですが、私どもの願いの真剣さを神様に伝えようとするためでもあります。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月24日 · 20:31
信心にも色々な信心が有ります。困ったときの神頼み的信心や、御礼の信心、お詫びの信心、願いの信心、普通の時は神様を忘れてしまい困った時だけの便利屋さん的信心などなど。御道の信心は真の信心です。真の信心とは人間の真の助かりを求めるものでなければなりません。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月23日 · 22:48
信心とは自らの心の成長を目指すわけですが、その心を育てると言うことを具体的に言うと改まると言うことです。どう改まるのか、それは神様の御心に適う私どもの心になるよう日々に改まって行くことです。自らの心を改まって天地日月の心を身に着けようとする精進です。そこに真の助かりが有ります。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月22日 · 19:17
御理解第一節に「今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ」とありますが、目を覚ますとはどう言うことなのでしょうか。何となくは分かりますが具体的にと言うと良くは分かりません。今朝はそこのところを、「自らの心を育てることに目を覚ます」と頂きました。先ずはこの目覚ましが必要です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月21日 · 22:42
神様と二人三脚と言うことは、神様が左、私どもが右側として、神様が右足を前に出そうとしておられるのに私どもが左足をそのままにしていたり、右足を出そうとすると転んでしまいます。私どもの思いを捨てて神様の歩調に合わせて足を運ぶとき初めて前に進みます。私利私欲、我情我欲を捨てなければ神様と二人三脚はできないと言うことです。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年7月20日 · 22:40
神様が御覧になりたいのは私どもの肚です。師匠大坪総一郎師は、心一つですべてをつくる、と教えて下さいます。それは私どもの心が直接的に何かを創り出していると言うのではなく、私どもの心が天地に響き、神様がそれに呼応して御働き下さり、あたかも私どもの心で創り出したかのように見えると言うのが本筋ではないでしょうか。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年7月19日 · 22:19
神様のお役に立ちたいと言う心が育つことが大切です。そしてこのような汚い心、浅ましい心や我情我欲にまみれた心では神様も使うて下さらないに違いないと気付かせて頂き、そこからの精進が大切です。そして更にそう言う微力、いや無力の私でも神様のお役に立たずにはおれないと言う切実心からの行動が取次者には要るようです。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年7月19日 · 23:09
子供は親におねだりをします。チョコレートやケーキやお菓子、おもちゃを止めどもなく欲しがります。その願いが叶わないとき子供自身は不幸だと思うのでしょう、助かりが授けられないと嘆くのでしょう。しかし親は知っています。子供のわがままを叶えてやることが真実の助かり、幸福につながるものではないことを。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月17日 · 18:26
人は奇跡的なおかげの頂けるところに引き寄せられるものですが、それはある意味「サクラ」のようなものかもしれません。アトラクションの一部かもしれません。人寄せのための方便かもしれません。と言うことはその向こうに神様の本音が隠れていると言うことです。その本音は真の助かりを、救いを渡したいと言うことです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月16日 · 22:37
師匠大坪総一郎師が頂かれた際立ったおかげを同じように頂きたいならやはり師匠の信心の御流儀を踏襲しなければならない。またの表現では合楽精神と言うようなものだろうか、その合楽精神が段々薄くなって行くところに際立ったおかげも薄くなる。そして常識的な普通と同じことをする普通の教会になって行くだろう。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月15日 · 21:09
今朝は、執念をもって貫き、もうあと一押し、と頂きました。大切な信心姿勢が示されていると思います。師匠大坪総一郎師は、もうあと一押しする人が少ないと仰っておられました。あともう一(ひと)押しなのに、そこで止めて引っ返してしまう。おしい事だと。それでおかげが受けられないで終わってしまうと。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月14日 · 21:42
師匠大坪総一郎師は「人力の限りをもちて神力にすがれ、人力自ずからわく」と、また「人力に見切りをつけて神力にすがれ、人力自ずからわく」とも御教え下さる。信心の段階をも教えておられる。更に「ままよ」の心が徳をうける極め手とも教えて下さる。人力を尽くし、その人力に見切りをつけ、さらに神様に任せ切る心を育てねばならない。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年7月13日 · 22:44
信心は有難くなる稽古と教えて頂きます。今朝は有難いと言う心ともう一つの心を教えて頂いたように思います。もう一つの心とはハッピーな心です。サッカーの試合を観ていて、日本が勝つと自然にハッピーな気分になります。美味しいものを頂いてもハッピーになります。そう言う普通にハッピーな心です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月12日 · 25:29
昨日は有り難いことでした。私のYouTubeビデオが10,940本あることが分かりました。そしてそれを年別、月別に整理し、クリックしたら直ぐに観れるようにAIが作成してくれました。有り難いですねぇ。願いが叶うと素直に有り難いものです。その願いが叶い有り難いと言う体験を積み重ねて行きたいものです。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月11日 · 20:32
今朝は、信心の極意、任せて、すがって、改まる、と頂きました。神様に願ったら任せ切ると言うことが大切です。なかなか任せ切らずにさかしい人智人力を使おうとするものですが、それでは神様の御働きの場を狭めてしまいます。神様の御働きを邪魔するようなものです。出した手を引っ込めてしまわれます。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月10日 · 25:02
師匠大坪総一郎師の御教えに、修行もせずにおかげを頂こうなんて虫が良すぎる、と言うような御教えがあります。今朝心中祈念の時、御心眼に富士山の稜線に沿ってイルミネーションが飾ってあり、それを点灯しているところを頂きました。山とは修行、しかも日本一の富士山、その修行を輝かせると言うことだろうかと思います。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月9日 · 20:05
先ずは、天地金乃神様の御信用を頂くのが先決です。もし私どもが、神様がご覧になって、この氏子に大金を持たせるのは危ないなあ、身をもち崩してしまうかもしれないと判断されたら大きなおかげは頂けない。この氏子はどれほど大金を持たせても大丈夫と信用されて初めて大きなおかげも授けて下さる。真の道を示してくれる真の信心がある。その道を歩くのは人間です。真の道を歩かなけれ…
2026年7月8日 · 23:47
合楽教会では師匠大坪総一郎師の頂かれるおかげのおすそ分けで修行生一同、信者一同がおかげを頂いて来た。だからお裾分けの出来れる程しのおかげを頂かなければならない。おかげはどれだけ頂いても十分と言うことはない。限りない人の助かりのために限りないおかげを頂こうと意欲して行かなければならない。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月7日 · 20:59
合楽教会に御縁を頂いてからの半生は神様のお知らせに基づいての半生だったと言える。40数年前胃潰瘍で入院中に頂い御夢で教会修行入りを決心させて頂いた。教会修行に入り、しばらくして御夢の中でアメリカ布教と頂き、それ以来アメリカ布教を願いとさせて頂く中に、御夢を通してニューヨーク布教を願わせて頂くようになった。そして今朝、これからアメリカ布教に旅立つと言う御夢を…
2026年7月6日 · 20:01
信心生活とは、なるほど自らの心を育てる生活と言えると思います。もちろんそれは天地金乃神様の御働きを頂いてのこと。先ずは、神様に心を向ける毎日の姿勢が大切だと思います。毎朝自らの心を整えるという精進、いわば作業が大切です。ためには神様を御祀りさせて頂き、時間を練り出す工夫が要ります。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月6日 · 23:48
一つの御礼、二つの願い。目が覚めて、生命があることの神様への御礼、そして、どうぞ今日も一日神様のお役に立たせて下さいと言う願い、どうぞ今日も一日心のお育てを頂かせて下さいと言う願い。この世での命ある限りこの1礼2願は朝目が覚めたらいの一番に必ずさせて頂こうと思わせて頂いた。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月4日 · 23:43
今朝は、信心とは心の成長である、と頂きました。信心には、願いの信心、お詫びの信心、お礼の信心があると教えて頂きます。それぞれの信心の成長過程を表したものでしょう。更に師匠大坪総一郎師は、願いの信心が最高峰とも教えて下さいます。自分はどの段階の信心をしているだろうかとたまには振り返ることも大切だと思います。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年7月3日 · 23:29
御道の信心の要、天地書附に「おかげは和賀心にあり」とある。音だけを聞くと、おかげは我が心にあると思う、いわば自分の心次第で頂けると。信心が少し進むと、おかげは和賀心にあると頂き、おかげを頂くために和らぎ賀ぶ和賀心になろうとする。更に天地金乃神様の御心が分かると、和賀心そのものがおかげであり、神様が真に授けようとしておられるのは真の助かりである和賀心だと気づ…
2026年7月2日 · 21:11
信心というと一般には自分の願いを叶えてもらうためにするものと思われていると思います。その願いも大概は身欲身勝手の願いが多いように思います。それはそれでも良いのですが、いよいよ信心が佳境に入ってきますと、私願成就より、神様が私にかけられる願いが成就することを願う信心へと育って来ます。それが真の信心です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年7月1日 · 22:16
私どもは常に何かの願いを持って行動している、それは意識するとしないに関わらず。概して意識していないことの方が多いが厳密に自分の心を見つめてみると、それこそ微分をして行くと行動の前に何かの願いを持って行動している。椅子から立ち上がる、そこにはお茶を飲みたいとかトイレに行きたいとかの何かしらの願いが伴っている。その願いが容易に叶うときは無意識に近いが、願いが叶…
2026年6月30日 · 20:45
今朝は、願いを持って生きる、その願いとは心を磨いて行こうと言う願い、と頂きました。漫然と日々を過ごしているようなことはないでしょうか。希望の一日になっているでしょうか。今日一日が楽しめるような朝起きになっているでしょうか。今日一日の願いは何でしょうか。自らの心を磨くことを願いとしての希望ある一日でありたいものです。 ご覧頂き有り難うございます。…
2026年6月29日 · 20:10
信心とは有り難くなる稽古と教えて頂きますが、私利私欲や我情我欲からの願いが叶うときに感じる有難いではないと思います。そう言う有難いなら稽古は要りません。普通ではとても有り難くは頂けないようなことの中に、天地金乃神様の御働き、御心を感じ、感謝の心が湧いてくるような有り難いの稽古です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年6月29日 · 20:36
日常の生活の上において色々なことが起こる。大概の時は可もなく不可もなく平凡に生活させて頂いているのだが、たまに自分の思い通りにことが運ばず心が騒ぐ。あるいは思いがけないことが起こってきて心が動揺したり不安になる。人を責めるような心まで起こってくる。そういう時こそまさに信心の見せ場です。 ご覧頂き有り難うございます。 (御理解の保管庫へ):…
2026年6月27日 · 15:57
今朝は、この世は己が心の映し鏡ですと頂きました。信心は日々の改まりが大切とも、本心の玉を磨くものとも、この世には魂を磨き清めに来たとも、この世は心の学校とも表現されますが、肝心要の自分の心のどこを改まって行けば、清めて行けば良いのか、己の心の汚れた部分が中々見えません。私どもの身の回りに起きて来る事柄が私どもの心を映し出している鏡なのです。…